ごうごうと吹き荒れる砂から厚手のコートで身を守りながら、クルトとイサゴはラオシュー砂漠に到着した。
砂を照らす陽光はあまりにも眩しく、砂からの照り返しもまた目を刺すようだった。
汗でずり落ちそうになる眼鏡を何度か上げ直しながら、クルトは遠くにダンジョンへの入り口を見つける。


「あったぞミスターウズミ、あの橋が入り口だろう」


その言葉通り、彼らが見つけた橋は報告書にあったダンジョンへの入り口と合致する。
清らかなオアシスへとかかった小さな橋。
何故そこへ橋をかけたのかと問いたくなるようなちぐはぐな光景は、見る者を不思議な気持ちにさせる。


「なんだか長い旅をしてきたようだな。実際はそんなに時間もかかっていない筈なのに」
「はは、それは仕方がないさミスター。こんなに広い砂漠を移動していちゃあ、時間感覚もおかしくなる」


実際彼らがかけた時間はほんの数分といったところだったが、何よりこの暑さと広大さだ。
どこまでも広がるこの砂の大群は、訪れる者を確実に狂わせるだろう。


「さぁ行こうミスター、この暑さとは早めにおさらばするに限る」
「そうだな」


そうして2人は橋を渡り始める。
渡り始めた時は確かに砂の海がそこにあった、だが今はどうだ。
視界に入ってくるのは、先程とはうってかわって深い緑たち。
ひんやりとした空気が頬を撫で、息を吸えば胸に入ってくるのは澄んだ水のような清涼さ。
砂漠は一瞬にして、新緑の森へと姿を変えた。


「何度入っても驚くものだ…ここまで変わるとは」


イサゴが興味深げに辺りを見回す。
何度もダンジョンへと訪れている2人も思わず息を?むほどの変わり身だ。


「だが来たからには何か成果を残さないとな」
「それには賛成だぜミスター。とっとと調べてしまおう」


ダンジョンは先の報告書にあった通りの構造だった。
入り口をくぐると、そこには静かに流れる川。
その川辺を、上流に向かってひたすら進む。
揺れる木々は涼しげな影を落とし、耳にも心地の良い音を残していく。
クルトは、途中何度かイサゴが川の方を気にする素振りを見せる事に気付いていたが、環境学が専門のイサゴのことだと特段気には留めなかった。
枝が折れ、葉がこすれる音を響かせながら、2人は川に沿って歩いていく。
道中何度か川辺を住処とするエネミーと鉢合わせしそうになったが、運が良いのか悪いのか、大規模な戦闘は無く進むことができた。


「辺りの様子はどうだ?」


クルトが窺うようにイサゴを見やると、イサゴは冷静に言葉を返す。


「ダンジョン内だからだろう、地質に目立った見た目の特徴は無いが、少量の魔力反応とやらは感じる」
「ここらに住むエネミーの力って線もあるか?」
「その可能性も十分ある。なんにせよ一度持ち帰って調べてみるのがいいな」
「それがいい。俺も魔力には興味がある」


クルトにとって魔力は、今1番研究したい対象の1つだ。
未知の力を秘めたエネルギー……これを動力として大型の武器の作成が可能かもしれない。
もちろん大型のものだけでなく、銃のような手に持てる武器への転用もできそうだ。
考えは尽きない、早めに持ち帰って調べ上げなければ。
クルトは手のひらサイズの収納用カプセルを取り出すと、辺りの土や葉、枝を次々と放り込む。
イサゴも同じようにいくつかの検体を採取し、持ち帰る準備を進める。
だが、そうそうスムーズに事が進まないのもこの世界のお約束であり。


「やぁお2人、随分と仲がよろしいようだね」


2人の背に突然、少女のような無邪気な声が降り注いだ。
弾かれたように後ろを振り返ると、そこには楽しげに目を細めながらクルトとイサゴを交互に見る少女の姿があった。
身に纏う空気、複数人でいるところを襲ってくるところなど、その少女は間違いなく報告にあったエムリットだ。


「そんなに驚くようなことでもないだろう?ここにぼくがいるのは自然なことだ。それにぼくは、仲の良い友の姿を見るのが好きでね」


エムリットはそう言うが早いか、すっと前へと差し出した右手から鋭い光を撃ち出した。


「せいぜい楽しげに足掻いてみせてくれよ」


エムリットの放った光は地に着く寸前にふわりと拡散し、2人の周りを霧のように覆う。
光は2人にまとわりつくように蠢き、生き物のように隙を窺って襲いかかってくるだろう。
無駄な犠牲は出さないに限る。
すぐにでも蹴りをつける必要がありそうだ。


「はは、やっぱり研究に障害はつきものってやつか。なぁミスター?」
「そうみたいだ。ここは早めに片付けるとしよう」


イサゴはエムリットと対峙しながら大きなスコップをしっかりと構えると、その先端をざくりと地面に突き刺した。
瞬間、巨大な獣と化した砂が一斉にエムリットへと襲いかかる。
その動きは蛇にように鋭く、剥いた牙はさながら狼のようだ。
砂はエムリットの動きを捉えると、その自在な動きを生かして彼女の細い体を拘束する。


「舐められたものだ」


しかしエムリットは瞳を一瞬きらりと光らせたかと思うと、瞬く間に砂の拘束を解いてしまった。
彼女がひと睨みした瞬間に辺りの空気がぴんと張り詰めたのを見ると、恐らく念力の類だろう。


「なはは、これくらいどうってこと」
「誰が一撃と言った?」


砂の拘束から逃れ、ふわりと浮いたエムリットの体を、今度はおびただしい量の砂が覆う。
轟音と共に砂が舞い上がる。
イサゴは、辺り一面を途方もない量の砂で覆い隠してしまったのだ。
この場にいる者達の視界は一気に遮られ、動きはおろか、影すら判別することは難しい状況となった。
それでもエムリットは再び自らの体に力をこめると、先程よりも更に強い力で砂の妨害をはねのけた。


「何度言ったら理解してくれるのか。これくらいぼくにとってはなんてこと……」
「残念ながら、理解してほしいのはこっちだぜ」


砂が視界を覆っていたのは時間にして数十秒程だろうか。
だがエムリットの背後にはしっかりとナイフを構えたクルトがおり、その冷たい刃を彼女の首元へと当てているのだ。


「……どうしてぼくの姿を捉えられた?」


エムリットのその問い掛けに、クルトは楽しそうに口の端を上げる。


「科学の力ってやつさ」





***





「いやしかし、よく俺が熱映像スコープを持ってたのが分かったな」


クルトの持つ熱映像スコープは、たとえ砂嵐だろうと暗闇だろうと対象の持つ熱を補足し、確実にその姿を晒させる。
ダンジョンに来る前に持ち物確認をした覚えは無いのだが。


「きみは案外用意周到だからな、それくらいは用意しているかと思って」
「……驚いた。ミスターウズミ、君の勘はよく当たるんだな」
「そこは科学者らしく、予測って言ってほしいかな」


イサゴはそう言って笑いながら、先程までエムリットがいた場所に目をやる。
そこには赤く、燃えるような輝きを発する結晶が転がっていた。


「魔力の塊のような結晶だな。だけど、ここの土地由来のものじゃない」
「ミスター、すまないが、それは俺に詳しく調べさせてはくれないか?」


クルトは何か惹かれるものがあるのか、イサゴが手にしたそれをまじまじと見つめている。


「あぁもちろん」
「何か分かったらすぐ連絡する」


イサゴからクルトへと手渡された結晶は、紅く鋭い光を放った。
それは、何かを思い起こさせるような光だった。





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